日本のピアノメーカー

 日本のピアノのメーカーはいくつ位あるのだろうか。ミュージックトレード社の「国産ピアノ総合カタログ」には、約270のブランド名が記載されている。この中には、私が今までに見たことの無い名前もあり、また、ここに含まれていないが私の知っているブランド名もある。 1社がいくつものブランド名を持っていることが多いので、メーカーの数はもちろんこれよりかはずっと少なくなる。
 また、同じ会社でも時期により組織や名前が変遷している場合もある。
 一覧表を作るのは面倒なので省くが、メーカーについて、一つ一つ調べてみよう。順番は任意。思いつくままです。

 間違いや、他の意見などありましたら、遠慮なくお知らせください。

 雑誌のように少しづつ書いていきます。


 アカシアピアノ製作所  マイシュナーピアノ製作所

(2001.9.4 記)

 ACACIAN(アカシアン)、MEISCHNER(まいしゅなー)、こんな名前のピアノを知っている人はもうほとんどいないだろう。1965年頃まで、兵庫県伊丹市の北の外れ、伊丹空港から飛行機が飛び立つ航路の下、国道171号線が猪名川をまたぐ軍行橋の近くに広大な敷地のピアノ工場があったそうだ。ACACIAN時代は出雲出身の飯国一族(最後は飯国一郎氏と聞く)の経営。何故か会社が解散した後MEISCHNERと名前を変えて故町田幸重氏が引き継ぎ、しかし、2度も続けて重加算税を支払う羽目に陥り、存続できなくなったらしい。創業の時期については、今のところわからない。
 これらのピアノはめったにお目にかかれないが、あったとしてももうかなり老朽化している。しかし、この時代のものとしてはかなりしっかりと作られたものだったようだ。
 面白い話を聞いたことがある。木工職人として、轆轤(ろくろ)師を雇ったので、アクションは轆轤を使って作っていたと。他のメーカーと製法が全く違うらしい。
 また、こんなことも聞いたことがある。MEISCHNERにルーズピン(チューニングピンがゆるくなってしまい、弦が緩んで音が保てない状態。)が多いのは、弦を張った後に弦押さえ(プレッシャーバー)を取り付けるとき、たくさんある木ねじの先端にグリースを付けていたので、年月が経って徐々に板に染み込んで、終にチューニングピンに達したからだろうと。
 第二次世界大戦中は、ピアノどころではなく、木でグライダーを作っていたそうだ。また、調律師は敵の飛行機の音を聞き分ける訓練を課せられたが、よくわからなかったようだ。

 先にも名の出た飯国一郎氏は、会社を解散した後は出雲市で楽器店(小売)を経営しておられた。大酒のみで、1975年頃にはよく、軽四輪トラックにピアノを積み、運転席に一升瓶を置いて伊丹の塗装工場(森田ピアノ工芸社)まで、徹夜でやってきた。そのころはまだ中国縦貫道はなかった。

 私が学生の頃、「伊丹市立の小学校で飼っている鶏が増えすぎたので、業者に引き取ってもらったら、後日その鶏を川原でさばいて食べている人がいた。非情に残酷なことだ。」というような記事を新聞で見た。数年後そのことを、故 町田幸重氏に話したら、思いもかけず、「ああ、それはわしや。あれはうまかったで。有岡小学校の鶏を業者からもろてな、軍行橋の下でさばいて、友達と食ってたら、残酷や言われてな。なんでやろな。」。犯人は、町田さんだったのだ。私も一緒に食べたかったな。 町田氏は、午後からは水を一滴も飲まない。それは、仕事の後のビールがまずくなるからだそうだ。

 また、あるとき、アカシア会といって、アカシアピアノの残党がお正月に、伊丹市塚口の故竹内新一氏(この方はアカシアの元セールスマン)宅に集ったことがある。そのとき私も誘われて同席させていただいた。(私はアカシアの世代ではない。)そのとき、町田氏が「これは本物の伊豆のクサヤや。めったに食えんぞ。」と言って、よその家なのに勝手に七輪に炭火をいこし、焼き始めた。ものすごい匂いが部屋中、家中立ち込めたが、そ知らぬ顔。でも、これは本当においしかった。
 町田氏は、高知出身。高等小学校卒業後、アカシアピアノ製作所に木工見習で入り、その後、ピアノの設計や調律を習得。独学で英語やドイツ語の専門書を読む努力家。海軍に入り、傷痍軍人として退役。
(写真向かって左端が故 町田幸重氏、一人置いて故 瀬良順一氏)
おそらく1970年前後の写真と思われる。

 会社を辞めてからは、個人的に調律師として活躍。あるとき作業場で一人もくもくとピアノの修理をしておられました。「これは日本で一番悪いピアノや。そやけどわしが設計して組み立てたから、すみからすみまで知っとる。こいつをみたら、どうしても修理したくなるんや。」と、振り向いて言われた言葉が今でも私の心に残っています。
 全国ピアノ技術者協会会長。後に社団法人日本ピアノ調律師協会設立に尽力し、その初代会長。
 1920年(大正9年)生まれの申年と、覚えています。

(続く)


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