湿度の調律に及ぼす影響
湿度について
湿度の害を最小限におさえるために
湿度のコントロールがピアノに及ぼす利益
ふつう目にするほとんどの機械は、鉄などの金属でできていることが多いと思います。しかし、ピアノは、外側のケースだけでなく、数千に上るちいさく精密な部品から成り立つ内部の機械部分もほとんどが木材でできています。こんなに精密で、しかもかなり荒々しい使用にも耐え、しかも金属ではない機械など、現代には他にあまりないと思います。
これまで、これらピアノの機械部分=アクションを金属にしたり、プラスチック製にしたりのこころみは幾度となくされてきました。現在、メーカーによっては、ある程度のプラスチック化はされています。しかし、その結果はどうでしょうか。実際のところ、木材より「劣っている」という表現はさけるとしても、決してこれまでの木材でできた部品より優れたものは今のところできていないようです。
木材は、ピアノにとって、とても優れた材質なのですが、残念なことに、湿度の変化に対して少々敏感すぎることが弱点と言えます。しかし、長所の方が、この弱点をおぎなってまだあまりあるからこそ、現代でも頑固に木材がアクションに使用されているのだと思います。
従って、ピアノを長く良い状態に保ち、楽器として自己の身体の一部にするためには、きめ細かな湿度対策が必要です。
四季の変化による、長い周期の湿度、気温の変化のみならず、一日のうちでもそれらは変化し続けます。人はそれらの変化を敏感に感じとって、衣服を調節したり、室温を調節したりします。ピアノも木材でできているので、人と同じように気候の変化を感じとっています。おもしろいことに、ピアノも人も快適な環境は共通しているようです。部屋でいえば、南向きの風通しのよい、家族がひとりでに集まってくるような部屋がピアノも好きです。反対に、北向きの寒く、人の出入りが少ない部屋はあまり好きでは無いようです。
著しい湿度や気温の変化は、アクションの動きをわるくしたり、サウンドボードを動かして、音程をくるわせたり、また、サウンドボードに亀裂をいれたり、接着をはがしてしまったり、また、外装を反らせてしまったり、塗装をいためたり、いろいろな悪い影響をピアノにもたらします。
部品として使用されている、皮革やフェルト、クロス類もぱさぱさになったり、固くなったりします。
湿度があまり高いと、チューニングピンや弦がさびてきます。
サウンドボードの伸びや縮み、そりなどが、湿度の及ぼすもっとも顕著な影響といえるでしょう。ピアノのサウンドボードは約1センチメートルほどの厚さの板ですが、若干のそりをつけて、作られています。弦はサウンドボードの上に、ブリッジ(駒)を接触点として張られています。サウンドボードの弦の方向につけられたそりがブリッジを持ち上げ、弦とブリッジを緊密に接触させているのです。
梅雨などの湿度の高い季節には、サウンドボードが水分を吸い込み、膨張し、そりが大きくなり、ブリッジはよりつよく弦をおしあげます。そこでピアノのピッチは上昇します。
このそりは、サウンドボードの周辺部より、真ん中あたりで大きくなっているので、ピッチの上昇も低音部や高音部よりも中音部だけが大きくなり、したがって聴覚的には高音部が低く感じられるわけです。
反対に乾燥した場所では、サウンドボードは水分を放出しやせますので、そりも減少し、ブリッジが弦を押し上げる圧力も減少します。そうするとやはり、中音部を中心に音程が下がってしまいます。
それでは、湿度が元に戻ればピッチも戻るのでしょうか。そう、ピッチは元にもどります。でも残念なことに、だいたいもとのところには戻るものの、それぞれの弦は少しづつずれています。全部の弦がうまくそろってくるい、そろってもどってくれれば問題はないのですが。
このようにピアノのよく調律された状態は、コンスタントな湿度の持続の中ではじめて可能なのです。
ピアノの弦の張力は、1本につき約100kgで、全体では20トンをこしています。湿度の極端な変化がピアノのピッチを大きく狂わせたなら、それを修正するためには、弦のテンション(緊張、張力)を大きく変化させることが必要です。そうすると、弦のテンションとピアノの鉄骨の間で均衡をとる動きが起こり、ピアノはなかなか安定しなくなるのです。
湿度とは、空気に含まれている水蒸気の量が、同じ温度の空気に含むことのできる限度の水蒸気量(飽和水蒸気量)の何パーセントかで表したものです。このことをもう少し掘り下げてみましょう。
飽和水蒸気量は、気温が上がるほど多くなります。ということは、湿度は先に述べたように、実際に空気中に含まれている水蒸気の量と、この飽和水蒸気量との関係で決まるわけですから、気温をあげてやれば、実際の水蒸気量が同じでも、湿度は下がってくるわけです。
湿度が上がれば、木や皮やフェルトなどはせっせと空気中の水蒸気を吸い込みます。反対に湿度が下がれば、それらは中に含んでいる水分を水蒸気として空気中に発散させて行くわけです。
湿度のコントロールは室温のコントロールで可能だと言うことです。しかし、梅雨の時にまさかストーブをたいて、室温を上げるわけにはいきませんね。そういうときに役に立つのが、ピアノ内部に組み込む、ダンプチェイサーという、安価な除湿器です。室温ではなく、ピアノ内部の温度を若干あげることで湿度をコントロールしています。エアコンは、コンプレッサーを回して空気中の水蒸気を搾り取るのですが、これは、全く違った方法です。運転コストも安価で、安心な方法といえそうです。
湿度をできるだけ一定に保つようにすることは、ピアノを長持ちさせるために欠かせない重要なことです。
まず、第一に、ピアノを気温や湿度の影響の受けやすい場所に置かないと言うことです。空調設備の空気の吹き出し口付近や、戸外に通じるドアや窓のそば、風呂場や台所の近くは、避けましょう。
直射日光にあたると、洗濯物でもすぐに乾くように、ピアノもからからになってしまいます。塗装がやけ、また、合板がはがれてきたり、ふたが閉まらなくなってきます。全体にがたがたになってきて、そのうち、内部のアクションまで接着が外れたりしてがたがたになります。サウンドボードもおかしくなり、チューニングピンもゆるくなって、調律が維持できなくなってきます。これらの変化は比較的すぐにおこり、また、修復はかなり困難です。
次に室内の湿度の調整について述べましょう。
日本では冬は極端に乾燥し、春から秋にかけての長い期間は高い湿度に悩まされることが多いですね。特に梅雨はたまらないです。
空気が乾燥しているときには、静電気のショックなどがよくありますね。また、湿度が高いときには、引き出しが閉まりにくくなったり、ドアが閉まりにくくなったりしますね。こんな身の回りのことでも湿度を感じることはできますが、より確かな湿度のコントロールをするなら、少し正確な湿度計を求めることも良いでしょう。
梅雨の時などに室内の湿度をコントロールする事はとても難しいことです。除湿器をフル回転させても、室外からはどんどん湿気が侵入してきます。除湿器の運転を止めるとあっと言う間に元の高湿度に戻ってしまいます。室温を上げると湿度は下がりますが、これは暑くて論外です。こんな時に役に立つのがたびたび紹介するダンプチェイサーです。
これは、ピアノの内部に組み込みますので、外からは見えません。幸いピアノのケースはしっかりとした構造です。この中を少し暖かくすることで、湿度を下げることができるのです。ダンプチェイサーは湿度調節器と組み合わせることで、湿度42%以下になるとスイッチが自動的に切れます。また、温度も50度以上にはならない仕組みですので、発火などの心配もありません。部屋全体をコントロールするのは至難の業ですが、ピアノの中だけなら割合簡単にコントロールできるのです。
湿度のコントロールをうまくすると、ピアノの調律のくるいは最小限で、A=440
Hzの正しいピッチの付近ににとどまります。そうすると、調律師は調律の時にピッチを急激にあげたり、下げたりする余分の作業をしなくてすむわけです。
私たち調律師は、なにも、面倒がっているのではありません。急激なピッチの変更は、非常に強い(全体で20トンをこえる)弦の張力と、それを支える鉄骨の間で均衡をとるための動きを引き起こすのです。張力が平均されつりあうまで、鉄骨は目には見えないだろうけれど、その形を変えているのです。したがって、精密な調律などできっこありません。
安定した環境は、年間を通してピアノの状態をよくたもちます。木製部品、接着部、金属部品、塗装等も、良い状態に保たれます。
湿度のコントロールでピアノが受ける利ははかりしれません。そして、利を受けるのはピアノだけではなく、室内のほとんどのものであり、何よりもそこで生活する人の健康でもあるのです。
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