home
2001年版へ
2002年版へ
2003年版へ
2004年版へ
2005年1月版へ
2005年2月版へ
2005年3月版へ
2005年
メグおじさんの「こんにちは」
2005年11月29日(火)晴
☆猫のタマがこの二日間帰ってこないので心配です。
アメリカンショートヘア系の雑種。5才。オス。体調:長い。
非常に高くて小さな声で鳴きます。
2005年11月28日(月)晴
☆今日もまた、のんびりと一般道で奈良に行きました。
やはり片道二時間。
2005年11月25日(金)晴
☆朝、奈良に行きました。
のんびりと一般道で、二時間かけて行きました。
帰りは、二時間半かかりました。
☆まだ、ツグミは来ていないのかな。まだ見ていません。
2005年11月23日(水)晴
☆あじさいスタジアム(神戸市北区)で「もりもりおもちゃ箱フェスタ」というお祭りがあり、三田ワイズメンズクラブ(YMCAの外郭団体)のお手伝いで、カップラーメンの販売をしました。
インスタントだから簡単だろうと思うと、とんでもない。
封を切り、蓋を開け、中に入っているスープの元や薬味の小袋を開け、お湯を注ぐ。
これがなかなか大変なのです。
お湯もあっという間になくなるし、水を汲みに走らなければならないし。
でも、ほぼ完売というところで、とても楽しい1日でした。
何のお祭りだったのだろう?
2005年11月20日(日)晴
☆皇位継承に関する論議がまことしやかにされています。
昔からこのことで、血なまぐさい争いが繰りひろげられてきたのですね。
昔は男系を守るために、ハーレムまであったとか。
2005年10月28日(金)晴
☆朝、庭でジョウビタキを見ました。
この秋初めてです。
2005年10月25日(火)
☆神戸・元町で開かれている保田治さんの、パステル画の展覧会にいきました。
美しい風景画に心を動かされました。
☆神戸の松方ホールに、タンゴを聞きに行きました。
「エドアルド・マラグァルネラ・タンゴカルテット」、難しい名前ですね。
あーよかった。かみさん、次男と3人で楽しい一日でした。
2005年10月5日(水)雨
☆車で浜松へ行きました。
朝6時前に中国道に入り、約100km先の八日市でいったん出てすぐにまた入り、次は春日井で出てETCカードを取り替えてまたすぐに入り、浜松西でいったん出てまた入り、浜松で最終的におりました。
ETCの割引を有効に生かすためです。
はじめの約100Kmは早朝夜間割引、次の100kmとその次の100Kmは通勤割引のためです。
こうすることにより、2000円安くなりました。
おまけにマイレージもつきます。
けちけち旅行です。
でも、帰りは昼間だったので、何の割引もありませんでした。
おまけに、事故渋滞に巻き込まれ、竜王あたりでまる1時間停止したままでした。
2005年10月4日(水)くもり
☆朝、久しぶりに散歩しました。
モズが枯れ木のこずえで周りを見回していました。
あいかわらず、アオサギが四方に目配りしながら突っ立っていました。
いつもは水の中ですが、めずらしく土手の砂利道にもいました。
木の上に白いサギと一緒にとまっているのもいました。
カモが忙しそうに堰堤の上をつつきながら歩き回っていました。
セグロセキレイ、この鳥は阪神大震災の直前に姿を消したそうです。今日はいつものようにチチーと言いながら飛び回っていますので、まだ地震は大丈夫でしょう。
カワセミ。なんともかわいい鳥です。飛んでいる写真も撮れました。
背丈より高い笹にホオジロがいて、ツツツと鳴いていました。
2005年10月2日(日)
☆三田市民オペラの公演、オペレッタ「こうもり」を見に行きました。
本来、三田市民会館での上演予定だったところ、アスベスト使用で市民会館が使用禁止になったため、直前になってホロンピアホールに変更になりました。
出演者、スタッフの方々、大変だったと思います。
全3幕日本語上演で、楽しい劇でした。
ただ、1時半に始まり、終わりが5時ごろだったので、疲れてしまいました。
このホロンピアホールは、ピアノもないし、門から入り口までむちゃくちゃ遠く、すごい階段があり、公衆電話のブースはあってもその中には電話機もなく、飲料の自動販売機もなく、等々、とんでもないホールだと思いました。
某有名な建築家の作品だそうですが。
兵庫県の施設だそうです。
兵庫県!もうちょっと考えて!
2005年9月27日(火)曇り後雨
☆草むらに立小便、ばった飛び出す。
2005年9月26日(月)晴れ
☆緑残す初柿、包丁がまな板叩く。
2005年9月25日(日)晴れ
☆坂野惇子(ばんの・あつこ)さんが亡くなったと、新聞にでていました。
子供服のファミリアの創業者で、87歳。
10年ほど前に、ご主人の坂野通夫さんが亡くなっています。
約30年ほど前、私がまだ駆け出しのピアノ修理屋だったころ、ひょんなことから声をかけていただき、それ以来、長い期間お付き合いをして下さいました。
ピアノの運送屋さんを介して、ご主人(当時、社長)から、「自動ピアノの修理ができる人を探してくれ」と頼まれました。しかしなかなか見つからず、そのうちしびれをきらされて、「時間がかかってもいいから君がやりなさい。」ということになりました。
ドイツから3台買ってこられたどれもが皆壊れていたのです。
数百本のパイプ類が外れ、百以上の皮製の弁もほとんど壊れ、やはり百以上あるふいごのゴムがすべて破れていました。
自動ピアノを見たのも、そのようなものがあると知ったのもまったく初めてのことで、ずいぶん戸惑いました。
現在は有名な針医者になっている椿庵(ちんあん)さんに手伝ってもらって、毎日御影のお屋敷に通って眺めていました。
金魚やさんでビニールパイプをたくさん買ってきて、たばこを吸ってパイプに吐き出し、どこからでてくるかを丹念に記録しました。
そのころは、ヘビースモーカーだったから、できたのです。(今は吸いません。)
弁の構造も調べて、トランジスターと同じ働きだなどと考えて、感動したりしました。
ご主人の通夫さんは、20分も待たずにやってこられて、「どうですか、はかどりましたか」とたずねられます。その都度、状況を説明しなければならないので、かなりのプレッシャーでした。
ほぼ半年ほど通いつめて、なんとかやり終えた時の喜びは忘れられません。
奥様の惇子さんは物静かな方で、とてもやさしく、そんなご主人をいつも微笑みながら見ておられました。
お茶や軽食の時など、家族のようにあたたかくもてなして下さいました。
その後私はピアノの仕事をやめて、一時、西宮の門戸厄神でパン屋をしました。
その時もご夫婦でよく訪ねて下さいました。
パンといっしょに売っていた赤っぽい色の卵を、よく買って下さったことを思い出します。
当時のご夫妻は、今の私と同じ位のお歳だったのです。
大きな木のある広い庭で、お孫さんとよく遊んでおられました。
坂野さんのお仕事をしなければ、自動ピアノの仕事をすることはなかったでしょう。
若い駆け出しの何も知らぬ者に、気長に仕事として勉強させて下さったからこそ、今の私があります。
そしてまた、彼らの優雅であり、なおかつ優しい生活そのものが、ファミリアの製品に現れているのだと思い、優雅さは無理としても、優しさは見習いたいと常々思ってきました。
お世話になった坂野さんとは、もうお別れです。
でも、一番最初に修理したその思い出の自動ピアノは、今私のところにあるのです。
坂野さん、心から、、、ありがとうございました。
☆この欄の9月20日のところから、なぜかキリスト教のことが続きます。なぜでしょう。
テレビのクイズ番組で、「家主貞良」を何と読むかというのがありました。
正解は「カステイラ」なのですが、「イエス キリスト」と答えた人がいました。
面白い答えだと思いました。
なぜ「貞良」が「キリスト」なのかはわかりませんが、確かに「家主」は「イエス」と読めそうです。
イエスは大工さんだったとか。そして、家主でもあったのかもしれませんね。
まあ、心の大工であり、心の家主というところでしょうか。
それはさておき、21日にちょっと触れた本で、?と思ったこと。
イエスは人間であって、キリストではないのだそうです。
しかし、キリストかどうかということは、イエスが父と仰ぐ神への信仰の中でのみ有効なことで、そうでない人にとっては、どうでもいいことなのではないでしょうか。
そして、私にとってよくわからないのは、これらの対談をし、たくさん難しいことを話し合っている人たちが、果たしてヤハウェの神、ユダヤ教と同じ神を信じているのだろうかということです。
どうも、わからない世界ですが、なんとか本は最後まで読みました。
2005年9月23日(金)晴れ
☆彼岸花とならんで、コスモスが咲いている。
2005年9月22日(木)晴れ
☆大阪のカワイショールームで、ディアパソン・グランドピアノ164Rの披露コンサートと技術講習会がありました。
ピアノ技研からは、私も含め5名参加させていただきました。
ピアノ:植村照さん、バイオリン:前田和美さん、チェロ:松崎安里子さん。
ピアノ曲、バイオリンの曲、チェロの曲、そしてピアノ三重奏曲を聞きました。
技術講習の講師は、乗松さん。
私のような年齢になっても、講習会で学ぶことはたくさんあります。
特にピアノ技研のように、どこのメーカーの系列にも属さないところは、知識が偏狭になりがちです。
これからも若い人たちとともに、学んでいきたいと思います。
良い機会を作ってくれたディアパソンに感謝。
2005年9月21日(水)晴れ
☆仕事部屋の床の張替えをしています。
ホームセンターでツーバイフォーの板を買ってきました。
水平に張るのが難しく、また、ピアノやいろんな部品や棚や何やがいっぱいあるので、なかなかはかどりません。
でも、もう一息というところ。
☆笠原芳光という方の対談集を借りたので、読んでいて初めてわかったことが二つありました。
ひとつは、キリストとイエスは違うということ。
私は、イエス・キリストというとき、イエスが名前で、キリストが苗字かと思っていました。
英語を習うまでは、逆に、イエスが苗字でキリストが名前と思っていました。
もうひとつは、イエスはなぜ「主」(しゅ)というのかということです。それは「救い主」の「主」ということでした。略語ですね。
時代劇でよく「あなた」と言う意味で「おぬし」と言いますが、それと思っていました。
知らなかった。やはり、たまには本も読むべきです。
2005年9月20日(火)晴れ
☆午後、ミンミンゼミが苦しそうに鳴いていた。
その横で、ツクツクホウシがふつうに鳴いていた。
☆犬の行水。その後、恒例の砂浴び。せっかくきれいになったのに。
☆替歌
(元歌)主我を愛す、主は強ければ、我弱くとも、恐れはあらじ、−−−(讃美歌より)
(替歌)酒我を愛す、酒は強ければ、我弱くとも、恐れはあらじ、???
これ以上言うと冒涜的になりますので、やめます。
酒のほうが私を愛しているのであって、私は別に酒を愛しているわけではありません。
茶碗を箸で叩きながら歌いましょう。
☆私の事が少し出ているホームページを見つけました。
2005年9月19日(月)晴れ
☆土手や畦に彼岸花がたくさん咲いています。
先週、篠山で咲いているのを見ましたが、そのときまだこちらでは見かけませんでした。
篠山は車で1時間ほど北で、ほぼ1週間のずれです。
2005年9月18日(日)晴れ
☆民主党の新代表が選出され、さっそく憲法改正(改悪)の話。
先の衆院選で、民主党に投票しなくてよかったと思います。
私は、9条に関しては変えてはいけないと思っていますが、護憲論者ではありません。
2005年9月16日(金)晴れ
☆早朝にミンミンゼミが鳴いています。
2005年9月14日(水)晴れ一時雨
☆三田ワイズメンズクラブの例会で、フィーリングアーツの講演と実演がありました。
私のかみさんが、今年度の会長をしているので、吉岡先生と北村先生に無理にお願いして実現したものです。
フィーリングアーツに今年初めて出会って、もう5、6回参加しました。
初めて見たときには、何度もみるとマンネリ化して飽きてしまうだろうと思いました。
しかし、実際は見るほどにはまっていきます。
小さなスクリーンが、だんだん大きく見えてきました。
芸術家により与えられた作品を、受動的に受け止めるだけではなく、自分のイメージを発動することにより広がる世界だと思います。
自分も動かなければ面白くない。
癒しの効果は、病気を治すということよりも、生命活動を高めるということに現れるのでしょう。
2005年9月13日(火)晴れ
☆まだまだ、真夏のような暑さ。車の窓越しに入ってくる光線は、夏よりも強烈で、疲れをよぶ。
今日は、篠山に行きました。
舞鶴道は、高速道路なのにネズミ捕りをしています。
でも、私の車にはETCがついているので、大丈夫。
検問にひっかかっても、ゲートをくぐればノンストップで、罰金の前払い割引や、早朝深夜割引、通勤割引もあります。
これは嘘。
仕事の後、「みーつけた」というコミュニティカフェを見つけて、遅めの昼食にしました。
秋刀魚の定食を食べました。
なかなかいいお店です。グランドピアノもあり、時々コンサートをしているそうです。
「NPO法人いぬいふくし村」が運営しています。
電話:079−554−2600です。
2005年9月12日(月)晴れ
☆長女の誕生日です。
生まれたのが、ついこの前のような気がします。
でも彼女は、もうその時の母親くらいの年齢になりました。
家が西宮で、病院が神戸市灘区だったので、車で1時間ばかり。
入院したかみさんを残して、いったん家に帰る国道2号線で「がんばれがんばれあかちゃん」といい続けたこと。
生まれたという電話を受けて、病院に向かう車中から見た、よその子供たちが皆かわいく見えたこと。
大きなおなかを抱えて、額に汗をかいていたかみさん。
テレビで鞍馬天狗を見て、男の子だったら杉作にしようと思ったこと。
好きだったオートバイに乗ることが、少し怖くなったこと。
☆衆院選で自民党が圧勝。民主党は惨敗。社民党はあいかわらずお寒い状況。
私が社民党に投票しない理由。
もう何年も前になることだが、社会党の石橋委員長が「自衛隊の違憲的合法論」と言ったことの意味がさっぱりわからないからです。
あれは、政治の素人を騙す論だと思ったから、それからずっと社会党、社民党を信用することができません。
社会党、社民党がだめになってしまったのも、そんなところからではないでしょうか。
「合法」という表現は後に「法的に存在する」とかいうものになったそうですが、それは自衛隊の現状を表現しているだけで、党の主張にはなっていません。
そんなことを言っている政治家や政党が「護憲」だとか言えるのかと、不思議に思いました。
今、自民党が圧勝して、衆議院の三分の二に迫る勢いで、まさに憲法の危機だと思います。
民主党ががんばって自民党を引きずり落とせば少しは良かったのかどうかはわかりませんが、民主党にも改憲論者はいっぱいいるそうです。
寄せ集めで何者かよくわからない、そんな民主党に投票するということは、当座の自民党を抑えるために少しは役に立つかもしれませんが、禍根を残すことになると思えば、そんなことはできません。
共産党が一番すっきりしたことを言っていて、いいなと思うのですが、共産主義者でもない私が投票するのもおかしいと思い、やはりやめ。
昨日は、考えているうちに投票時刻が過ぎてしまいました。
政治的に何もできないので、せめて、こんなことでも書いて、自分の意見をなんとか表明しようかと思いました。
2005年9月7日(水)台風通過
☆台風が、この近辺からそれて日本海を通過しました。
晴れ間が見えてきたころ、二羽のツバメが風に流されて後ろ向きに飛んでいるのをみました。
9月はじめには、もうツバメは見なかったのに。
アゲハチョウがすごいスピードで飛んでいました。
トンボが増えたように感じました。
昨夜は久しぶりにウィスキーを飲んだせいか、ぐっすりと眠り、強風には気づきませんでした。
しかし、庭には木の葉やドングリ、ちぎれた芭蕉の葉などがいっぱい散らばっていました。
たくさんの芭蕉が倒れていました。
2005年9月6日(火)台風接近
☆巨大な台風が九州近辺をゆっくりと進んでいるそうです。
飛んだら困るので、庭に置いているいろいろな物を、倉庫の中に片付けました。
去年の台風では2階の窓ガラスが割れて、怖い思いをしました。
去年は、大きな棕櫚の木も倒れました。
ひどいことにならなければいいのですが、この台風は、アメリカに甚大な被害をもたらしたハリケーンよりも強いのだそうです。
今日は仕事にならないので、次男をつれて、姫路にいる両親を訪ねました。
☆日野原重明監修 二〇〇五年度「新老人の会」編 「戦後六十年 語り残す戦争体験 私たちの遺書」という本を、父からもらいました。
その中に父の一文も載っていました。
2005年9月4日(日)晴
☆早朝の散歩のとき、顔見知りの方と会話しました。
カワセミの写真がとれたそうです。
でも、逆光で、あのきれいな色が出なくて残念だと。
いいですね。こうして共通の楽しみを交換しあえるのは。
☆ちょっと顔見知りの奥さんに声をかけられました。
少し離れたところにいたのでよく聞き取れなかったのですが、アッカンベーとか、アッカンバーとかなんとか言われる方をよろしくと言っておられるようでした。
また、これもよく聞き取れなかったのですが、「米党(こめーとう)」だとか言っておられました。
私はパンのほうが好きだということと、、昨日と同じように、イラク派兵に反対していることを伝えたら、その方は、私も本当は反対なんですと、おっしゃいました。
きっとそのような方がたくさんおられるのでしょうね。
米だとかパンだとかよりも、良心に従ってほしいなと思いました。
2005年9月3日(土)晴
☆今日も猛烈な暑さ。
かみさんと吹田に行った帰り、家の近くの足湯の温泉につかり、しゃれたカフェで抹茶アイスを食べ、酒屋さんでお酒の試飲をたくさんし、そこでは何も買わず、その隣のお店で紺の綿パンを買いました。
幸せ。
☆ピッコロシアターから、 友淳君に、賞状のように立派な感謝状が届きました。
「感謝 坂部友淳様 あなたは '05ピッコロフェスティバルにおいて日頃の努力の成果を存分に発揮され素晴らしい舞台を披露されましたのでここに深く感謝の意を表します 平成17年8月21日 兵庫県立尼崎青少年創造劇場 館長 藤池俊」と書かれています。
☆夕方、かみさんの出身校の同窓会の者ですという方から電話がありました。
かみさんはバトミントンの練習で留守だったので、その旨を伝え、どなたか尋ねましたが名乗られません。
そして、今度の選挙では、バカアとかおっしゃる方によろしくと言われるので、はっきりといいました。
自民党といっしょになってイラクに派兵するような政党の方はいやですと。
☆アメリカがハリケーンの被害で大変なことになっているそうです。
ニューオーリンズが壊滅的です。
世界一の先進国でも、こうなるのですね。
2005年9月2日(金)晴
☆西宮の甲東園で、久しぶりにハンミョウを見ました。
道教えともいうそうです。
昔々、中学生のころ福山市に住んでいて、芦田川畔の明王院という古いお寺の参道でよく追いかけたことを思い出します。
☆夕方の散歩で気づきました。
いつの頃からか、あれほどたくさんいたツバメがいなくなっています。
2005年9月1日(木)
☆「バグダット800人超死亡、自爆テロ情報にパニック、橋で圧死 川へ転落」と、信じられない記事が新聞(私が見たのは神戸新聞)にでています。
おびただしい数の靴が橋の上に残されている写真。
2005年8月31日(水)晴
☆篠山市今田町の温泉に行きました。
かけ流しといって、どんどん湯が入れ替わるという、気持ちのよい温泉でした。
サウナにも入って、1キロぐらいやせたかな。
2005年8月29日(月)晴
☆電車で大阪に出て帰り、夕方、JR道場駅から歩きました。
今年はジャノメチョウがよく目立ちます。
「チッチリー、チッチリー」とよくとおる声で鳴く虫。
亀もいっぱいいます。
6時59分、西の空に一番星。木星だろうか。
すぐに、二番星。さっきの左上。こっちが木星かな。
夕やみにほほえんで見る。
遠くの犬の声、虫の声、かえるの声、水の音。
そして、私の足音。
2005年8月27日(土)晴
☆宝塚市の山間部の西谷中学校で行われた「西谷ジャズフェスタ」を手伝いに行きました。
今年は、2年ぶりに次男も手伝ってくれました。
涼しい夕風の中で、校庭に駐車する車の誘導を手伝いました。
出演は、アマチュアのビッグバンド=アンサンブル・スウィンギン・クルーと、アルトサックスの大御所、古谷充さん。
5年前から古家義高さんが中心になって友人達と手作りで運営し、今年は第6回目になります。
古谷さんのサックスはさすが。存在感があります。
彼が加わるだけで、バンドの音が俄然変わってくるのがよくわかります。
2005年8月26日(金)晴
☆「ばりばり・フリー オープンスクール」の最終日。
ピアノの調律とハンマーの整形をしたら、とても弾きやすくなりました。
今日のフィーリングアーツは、上出来でした。
ちょっと調律するだけでこれほど変わるものかと、われながらびっくり。
こんなことなら、面倒がらずに初日にしておけばよかったと思いました。
友淳君の演奏も、ほんとうによかった。
2005年8月25日(木)晴
☆原田の森美術館の「ばりばり・フリー オープンスクール」2日目。
友淳君のフィーリングアーツも2日目。
「風の子守唄」が、人気をよびました。
フィーリングアーツは、同じ事をしているようなのに、毎回違って見えます。
直接目に見えるものだけではなく、心に見えるイメージを引き出す芸術なのかもしれません。
目の見えない 友淳君との競演も、だから可能なのでしょう。
2005年8月24日(水)晴
☆灘区の原田の森美術館で「ばりばり・フリー オープンスクール」が開かれました。
今日から3日間です。
障害をもつ子どもたちを対象にした、楽しい催しです。
この中で、北村義博さんによる、 フィーリングアーツの実演があり、 友淳君も演奏者の一人として参加しました。
今日は、いつもと違ってずいぶん緊張したようです。
緊張して、いつもにない間違いもしましたが、この緊張感を彼は大切にしなければならないと思います。
他の参加者:ピアノ 殿谷明恵さん、ギター 野原裕美子さん、ボーカル 朝比奈逸美さんでした。
フィーリングアーツとは、現代美術作家の北村義博さんによる、音と光と絵画の芸術です。
土と墨で描いた作品をスクリーンにして、光を投影します。
今日はシンガーソングライターの多々良誠さんも来てくれました。
私は、 友淳君と多々良さんがコンビを組んだらいいなと思っています。
2005年8月23日(火)
☆わっ狸、よどんだ川に亀二匹
解説
綿貫さんと2人の亀井さんが、自民党を離脱して新党をつくりました。
☆7月28日にこの欄で「川の流れの中で亀が2匹、闘っているのか、じゃれているのか、白い腹を見せて転がりながら川下の方に流れていくのをみました。」と、書きました。
新党結成の予感だったのかもしれません。ははは。
そう言えば、あの川には自転車が一台沈んでいました。
2005年8月21日(日)晴
☆尼崎のピッコロシアターでひらかれた「2005ピッコロフェスティバル バリアフリーコンサート」に 友淳君が出演しました。
チャオ、コスモス21、ふじの会、アンサンブル・プリマベーラ&ミア・ルーチェ、アコルト、アンサンブルFilo、TMGOギターアンサンブル、F.Mアンサンブル、トライアングル というたくさんのグループが出演しました。
そのなかでも、マンドリンのアンサンブルFiloが演奏した「ウィーン我が夢の町」は、特に印象に残っています。
また、最後に出演したグループ「トライアングル」は知的障害者のグループ。
その合唱は、みながかなうかぎりの大声で歌い、とても迫力があり、ジーンときました。
ピアノ伴奏をされた男の先生も、熱演でした。
私の高校時代、学校のチャペルで全員が歌う讃美歌もあんなんだったなと、懐かしく思いました。
友淳君はゲスト出演で、「ザ・ウォーター」のピアノ独奏と、ライオンキングの主題歌の弾き語りをしました。
そうしたら、思いがけずアンコールがあり、「風の子守唄」の弾き語りをしました。
暖かい気持ちでたくさんの方が聞いてくださり、ほんとうにうれしく思いました。
お世話を下さった、恩地早苗先生に心からの感謝です。
2005年8月20日(土)晴
☆三田市つつじが丘のM様方でひらかれたホームコンサートに、 友淳君が招待されました。
ご近所の方たちがたくさん集まって下さいました。
ピアノ独奏曲を交えながら、たくさんの唱歌や童謡、最近よく歌われている歌などの弾き語りをしました。
ここでも、 友淳君と一緒に皆さんが歌ってくださり、とても楽しいひと時を過ごせました。
皆さんも、きっと満足していただけたと思います。
2005年8月7日(日)晴
☆昨日の続きで、赤松林太郎さんのワークショップ。
前半がお弟子さんたちのコンサート。
後半が林太郎さんのコンサート。
プロコフィエフとリストのプログラムでした。
ピーターと狼が、松田和也さんのナレーションつきで演奏されました。
8月3日のコンサートの時にシューベルトの即興曲の3番が好きだと伝えたからかどうかわかりませんが、アンコールにこの曲を弾いて下さったので、とても満足。
2005年8月6日(土)晴
☆三田の有馬富士公園のホールで行われる、赤松林太郎さんの公開レッスンに行きました。
たくさんの若い人たちが出ていました。
みんな上手くてびっくりしました。
林太郎さんはまだ若いのに、たくさんの事を知っていて、指導も的確。
ほんとうによく勉強しているのだと思います。
将来はきっと日本をリードするピアニストになるでしょう。
いや、すでに世界にはばたきはじめているのだと思います。
☆夕方、三田のこばと保育園の夏祭りで、 友淳君がピアノを弾きました。
湯山昭作曲の「おはながわらった」、「海」「手のひらを太陽に」など、たくさんの曲を歌いながら弾きました。
子供たちも、大きな声で歌ってくれたので、 友淳君もとてもうれしそうでした。
この場所では既に3回目か4回目。
こうして繰り返し招待してくださると、勇気がでてきます。
2005年8月5日(金)晴
☆コサギと黒い蝶の写真です。蝶は生まれたてのように柔らかに見えました。
2005年8月3日(水)晴
☆東灘バプテスト教会に、赤松林太郎さんのピアノを聴きにいきました。
線路沿いに、キリスト教会、お寺、天理教が並んでいました。
1年ぶりに聴く林太郎さんの演奏は、また一段と成長していました。
シューベルトの即興曲の3番が良かった。
2005年8月2日(火)晴
☆おとといくらいから、調子がわるい。
時折腹が少しだけだけれど痛むのと、軽い頭痛。
それだけだけれど、しんどくて何もする気が起こらない。
暑さもすごく。
2005年7月31日(日)晴
☆家の周りと庭の草刈をしました。
ばったがかわいそう。
草刈機でするとすぐですが、手がぱんぱんになります。
めんどうだから、刈った草はそのままに放置。
2005年7月30日(土)晴
☆大阪グリーン会館に、すずききよしさんのコンサートをききに行きました。
楽しいフォークの会です。
帰りしに天満宮に寄り道しました。
門に菅原道真の大きな像がありました。
☆行きしの電車の中で考えました。
平和は国と国が戦争をしていない状態で、一時的なもの。たまたま均衡がとれているような状態ではないだろうか、と。
それを持続させることが必要だけれど、そもそも矛盾をかかえているから、大変なことでしょう。
死刑も戦争も国が持つひとつの顔で、同じところから出ているのではないでしょうか。
国は人間を否定する暴力であるのに、私たちはその国に安全を求め、あるときは平和に、あるときは戦争をしながらそこに安住しているのではないでしょうか。
国があるかぎり、暴力はなくならない、平和はないというと、アナーキストみたいですね。
いやだなー、きけん、きけん・・・・。
国は暴力の権化。犯罪も暴力であり、それを取り締まるのもまた暴力。
国が暴力の形であるのと、法もまた暴力であるということは、同じ意味。
非暴力であることは、どのように可能なのでしょうか。
☆帰りしは、缶ビールを片手に道場駅から歩いて帰りました。
こっちの木には白いサギがいっぱい。
むこうの木には黒いカワウがいっぱい。
2005年7月28日(木)晴
☆朝5時ごろから散歩をしました。
脱皮したての雄のカブトムシ。
誰かに踏まれたようで頭が割れてもがいていました。
蟻がたかっていました。
家のすぐそば。このあたりで雄のカブトムシを長年見ていなかっただけに、残念です。
久しぶりにカワセミを見ました。
ツィーンと鳴きながら2羽が呼び合っていました。
メタリックな青と茶色が美しく輝いていました。
☆有野川に亀が増えてきたようです。
20年ほど前にもいたけれど、こんなにたくさんは見ませんでした。
そのころ、オイカワがたくさんいましたが、最近はとんとみません。
水が汚れてきたのかと思います。
少し前、川の流れの中で亀が2匹、闘っているのか、じゃれているのか、白い腹を見せて転がりながら川下の方に流れていくのをみました。
2005年7月23日(土)晴
☆神戸市西区の、のじぎく療育センターの音楽会に 友淳君といっしょに行きました。
バイオリニストが、バイオリンでいろんな音を出していました。
その後、三木山公園に行きました。
しばらく歩きました。
2005年7月22日(金)晴
☆京都の岩倉にいきました。名神高速道路の車線が増えたのと、京滋バイパスができたのとで、たいそう便利になりました。京都南インターまでなら、30分〜40分でいけます。
約束の時間までに少しあったので、近くの神社でぶらぶらしました。
2005年7月21日(木)晴
☆奈良県御所市に行きました。高速道路が整備されてきて、とても行きやすくなり、仕事の他に観光の余裕もできるようになりました。反面、費用もたくさんかかりますが。
日本武尊白鳥陵に登りました。小高い山です。苦戦の後に死んだ日本武尊が白鳥になって一休みしたところだそうです。
一言主神社。「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神、葛城の一言主大神ぞ」と言って現れた神様だそうです。役の行者に葛城山と吉野金峰山を結ぶ岩橋づくりを命じられたのに、夜しか働かず、結局完成できなかった神様なのだそうです。親しみを感じますね。
宿り木といって、たくさんの房が垂れ下がった大きなイチョウがありました。樹齢1200年のご神木で、乳銀杏とよばれているそうです。近くの池には、カイツブリがいました。
九品寺には、きれいな庭と裏山にたくさんの古そうな石仏がありました。
「たちならぶ仏の像(かたち)今見えばみな苦しみに耐えしみ姿」(今井邦子作)
と書いた立て札がありました。
そうか、みんな苦しんで生きてきたのだなと思いました。
(この今井邦子さんは、同姓ですが知らない方です。)
見慣れぬ、かき色の小さな蝶を写しとめようとしたけれど、一陣の風と飛んでいってしまいました。
2005年7月20日(水)晴
☆坂部 友淳君とともに、神戸の松方ホールでの「安永徹(バイオリン)、市野あゆみ(ピアノ)、石坂団十郎(チェロ)演奏会」に行きました。
ドビュッシー チェロとピアノのためのソナタ、 マルティヌー バイオリンとチェロのためのデュオ第一番、 チャイコフスキー ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出のために」の3曲でした。
これまで聞いた中で最高の演奏会でした。
チャイコフスキーでは、 友淳君が思わずシンクロして、声を出して歌い出してしまいました。
あとで楽屋で安永さんにそのことを話すと、「歌ってもいいんだよ」と言って下さいました。
市野さんも 友淳君にやさしく、「こんど一緒にピアノを弾こうね。」と言って下さいました。
友淳君は今からステージで弾くのかと思ったらしく、「ピアノ弾かない弾かない」と言いました。
数年前にテレビでベルリンフィルの演奏を見て以来、私はベルリンフィルが最高と、言ってきました。
どこよりも格段に音が美しいと思ったのです。
その時、安永さんが最前列に座っておられたのを覚えています。
この音の良さは指揮者のアッバードによるものかと思っていたのですが、今日の演奏を聞いて、コンサートマスターの安永さんの音そのものなのではないかと感じました。
今日の感動は格別です。
もうしばらく、何も聞きたくないほどです。
歌い出してしまった 友淳君。彼は、歌った曲は皆覚えています。
きっと、今日の音楽は心の中に一生持ち続けるのでしょう。
☆大阪市鶴見区の放出(はなてん)にあるライトハウスに 友淳君を迎えに行きました。
JRの福知山線で、尼崎の列車事故現場は、白いシートで隠されていました。
この頃の電車は、エレベーターのように押しボタンを押してドアを開けるようになっているのです。
知らなかったから、じっと待っていました。
☆電車地下に入りつぶったまぶた青緑になる。
しばらくしたら、紫になった。
☆虫かごで蝉をジージー鳴かせて眺める子ら
☆屋根の瓦いれかえてありまだら
☆ごーごーと風をまきこみトンネルに入る
☆武庫川を西に渡って新しい家がふえてくる
2005年7月8日(金)晴
☆なんと、家の横の土手に大きなスッポンがいました。
料理屋以外でスッポンを見るのは初めてです。
つかまえて食べようか、いや、かまれたらこわいなと思い巡らしていて、かみさんが蓋付のバケツをもってかけつけた頃には、スッポンは猛スピードで何度も転びながら川の中に逃げ帰ってしまいました。
あとには、土手の土に穴が開いていました。
きっと産卵に来ていたのに、私たちが騒いだので果たせなかったのでしょう。
生き血を飲めなかった無念さよりも、産卵の邪魔をしてしまった後悔のほうがずっと大きく、心残りです。
2005年7月6日(水)晴
☆姫路市文化ホールで、日野原重明先生講演会が開かれました。新老人の会の催しです。
日野原先生作詞作曲の「ボランティアのうた」のピアノ伴奏を、坂部 友淳君が受け持ちました。
新老人の会姫路ブランチの方達が、日野原先生とご一緒に、壇上で歌いました。
1500人近くの会衆の前で、立派に役目を果たしてくれました。
これは、私にとってとても大切な事です。
2年ほど前から、 友淳君のピアノを日野原先生に一度聞いていただきたいと思い続けてきたからです。
5月頃、姫路に住んでいる父が、この歌を指導してくれる人はいないかと言ってきました。
歌の指導などしたことは無かったのですが、これチャンスと思い、厚かましくも自分で引き受けてしまいました。
そして、練習の時に、 友淳君の伴奏を提案したのです。
大冒険でした。
でも、うまくいきました。
2005年7月2日(土)雨
☆フェビアン・レザ・パネのピアノ演奏会に、 友淳君、かみさんと3人で行きました。
会場は神戸御影の世良美術館。スタインウェイでした。
すべて自作の曲。南方的な、いい感じ。のんびりとしてきます。
☆この頃ちっともカワセミに出会いません。
どこかに行ってしまったのか、それとも、私の注意力が弱ってきたのか。
Making Pianos Sing Again !
HOME 有限会社ピアノ技研 神戸市北区道場町日下部729-1
電話 078-951-1719
ip電話: 050-1003-1719
ピアノ技研は、ピアノ調律・ピアノ修理を行うところです。自動ピアノ、ピアノコーダー、リードオルガンの修理もしています。
e-mail: info@pianogiken.com